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2008年1月28日

『死者たちの物語』を読んで


藤本晃『死者たちの物語 -餓鬼事経の和訳と解説-』
国書刊行会 2007年


 餓鬼事経というのは原始仏典の一つで、生前の善業や悪業によって死者たちが天界や餓鬼界や地獄界に生まれるという内容である。そして、布施を廻向してもらうことで、貧しく醜い餓鬼が天人のように豊かで美しく変容するということを繰り返し説いている。

 餓鬼事経の和訳は、これまでは国訳一切経に入っていた文語体のものしかなかったのではないかと思うが、これは平易な現代語訳で非常に読みやすく、しかも『餓鬼事経』本文にあたる偈文のみでなく、『餓鬼事経釈』から因縁譚や挿入譚、後譚が合わせて訳出されているので、内容的にもよくわかる。解説が本当に最小限しかないのが残念だが、おそらく餓鬼事経という名前も知らないくらいの一般人には、これだけで十分な内容だろう。原始仏典というと、スッタニパータダンマパダくらいしか知らない人には、ぜひ読んでいただきたい本である。

 因果応報的な発想は、たしかに科学時代において受けが悪い。死後の世界などあるものかという考え方が先行しているのだろう。かりにそうだとしても、悪業によって心の中が地獄界のようになったり善業によって心の中が天界のようになったりする。だから、自分が嘘をつき続ければ周囲の人々もまた嘘つきではないかと人間不信になるだろうし、他人に優しく親切にしていれば、他人もある程度自分に優しく親切にしてくれるだろうと感じていられる。このような文脈で考えれば、餓鬼事経もまた喩えとしては意味があるかもしれない。つまり、自分の過去の善業や悪業が無意識的なイメージとして死後の世界のイメージに投影されるのである。

 また、サンガ(僧侶団体)への布施の功徳を自分と縁のあった餓鬼などに指定(すなわち廻向)すると、餓鬼の変容がおこるというのも、サンガによる巧妙な布施奨励法ではないかと思えなくもない。しかし、人々の心の中の餓鬼を救うという観点から布施を捉えるならば、布施のあり方を考え直すきっかけともなろう。それは、信者側の布施する態度への問いかけにもなるが、それ以上に僧侶側が本当に布施するに値するほどの人物なのかという鋭い批判的問いにもつながる。僧侶は人々の心の中の餓鬼に無言で働きかけられるほど徹底した修行をしていなければならないし、また、人々の心の中の餓鬼を変容させられるくらい真剣に布施を受け取らなければならない。また、随喜という心のあり方も布施のポイントになるのではないかと思う。よいことをした喜びの力が餓鬼を救うのである。

 この本にはもちろん上記のような解釈は書かれていないのだが、そんな観点から読んでみると、多少は布施の価値というものが感じられるのではないかと思う。そうではなくて文字通りにしか受け取らないと、この本はじつに馬鹿げた迷信的なお話にすぎなくなってしまうだろう。まあ、僧侶の食い扶持を稼ぐための迷信話にすぎないと思ってその悪巧みを暴く視点からこの本を読むのもいいが、その悪業によって死後に悪い世界に堕しても私は知らない。(笑) まあ、私はサンガに金銭的な布施はしないが、この文章が少しでもサンガの役に立って、その功徳が、かの悪意から悪い世界に堕していった人々の救いのためになりますように・・・。――というのが廻向の精神なのかもしれない。(^^ゞ


 
 
 
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