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2008年5月23日

『ヒューマン・バリュー』を読んで

ダライ・ラマ『ヒューマン・バリュー―人間の本当の値打ちとは』(チッタ叢書)


 この本は、2006年に東京で行なわれた講演記録である。一般向けに語られたものであり、仏教的な教義を伝えるというよりも世俗における一般の常識的な価値観に基づいて話している。

 他の本と比較した場合、内容量からいって1,344円はちょっと高い。900円くらいまでならリーズナブルだと思うのだが。だから価格の面ではお薦めの本ではないが、読んだらすぐにアマゾンで売ってしまうという方法もあるから、あまり価格にこだわらない一般の人なら読んでもいいかなという程度の本である。


 ダライ・ラマは、平和とは慈悲の実践であるという。

 平和とは、そのように慈悲の実践であるということから、人々の心の中から生み出されるものなのです。そうした、心の中の感情をはぐくみ、平和を実現したいという強い意志をもつことから、平和というものが実現できるのではないかと私は考えています。慈悲とか愛というものは、すべての生きとし生けるものに自然とそなわっているものだと私は思います。(p.55)
そして、
ここで世界平和という言葉で意味するものは、この世の一切の争いが、なくなるということではありません。この世において争いごとは常に存在します。でもそれを穏やかな方法で解決していこうとすることが平和の真の意味だと思います。私はその方法として対話が大切だと考えています。(p.98)

なるほど、ダライ・ラマが一方的な講演よりも質疑応答のような形で対話を望んでいるのは、こんな背景もあったのだと理解される。


 彼の慈悲の心は、母親の愛から出てきているそうだ。彼の人間性の一端に触れたような思いがする。

母は常にとても穏やかな性格の人で、私に対してだけではなく、周囲のすべての人たち、例えば貧しくて困っている人、苦しんでいる人をみるとすぐにその場で手を差し伸べ、なんとか手助けしようとつとめていました。
 それが私にとって愛というものを学んだ根本にあるものでした。愛や慈しみがとても大切なものであるという確信は、宗教的な教えからではなく、母の姿から学んだのです。(p.66)

 そしてまた、母の愛情こそが優しい人間になる根本だと考えている。
 母の深い愛情につつまれているという体験を通して、子は思いやりのある優しい人間に育っていきます。そのような子は、その後の人生においても思いやりの心を持ち、他の人に愛を注ぐことのできる人間になっていくのです。一方、不幸にも新生児のころから母の愛情を十分に受けることができなかった子供は、その後の人生においても他に対する思いやりの心に欠ける人間になってしまいかねないでしょう。(p.43)

 私は、彼の慈悲心が仏教に基づいていないとは思わないが、人間は教えによって素直に慈悲心をもてるような存在ではなく、どうしても教え以前に身体に染みついた感情をもっている。彼の感情のどれだけの部分が母親の愛情から派生しているのか知らないが、感情的な側面で彼は非常に恵まれた人間であるとも言える。


 そして、感情には非自覚的なものと自覚的なものとがあるという。

例えば、怒りとか貧りとか、あるいは食欲とか性欲など、一般的にさまざまな欲望にもとづく感情は、何らかの理由付けと必要として生じるものではありません。もちろん欲望の対象となるものはあるわけですが、欲望そのものは自覚的ではなく、本能的に否応なくわき起こってくるものなのです。これは動物的な感情ということができます。
 これに対して自覚的に起きる感情というのは、例えば善意、だとか、他者へのいたわりだとか、やさしさや慈しみの感情ですが、これには人間の知性が大きく関わっています。
 いずれのタイプの感情も精神的レベルのものには違いありませんが、人間に特有の知性にもとづく感情こそ、私たちが育んでいくべきものであり、幸福になる鍵は、ひとえにこの感情を高めていることにあるのではないかと思っています。(pp.102-103)
 少しでも仏教をかじっている人ならば、前者が煩悩であり後者が慈悲心であることがわかるだろう。彼の講演内容は仏教教理から導き出されたものである。それを一般の常識に当てはめて語っている。


 この講演のあとに質疑応答がなされたが、そのなかで「日本仏教が世界に冠たるものとなり、未来を開くためにはどうすればよいでしょう。」という質問に対して、ダライ・ラマはこう答える。

 ここにお集まりの皆さまがたは、宗派を代表する方々、仏教を研究している方々、大学の教授や修行者の方々、仏教に深く関心を持っておられる方々などさまざまだと思いますが、皆さまが是非お互いに意見を交換し合い、話し合いをすることによって、もし日本仏教が衰退している部分があればそれを復活させ、衰退していない部分をなお高めていくためにはどうすればよいのかということを、皆さまがたご自身が皆共に協力して考えていただければ、きっと素晴らしいことになるに違いありません。
 日本に仏教が普及した時代は、私たちの国チベットに仏教が伝わった時代よりはるかに昔に遡ります。今は時代が変わり、めまぐるしい変化の時代を迎えていますが、私たちチベット人よりも古くから仏教に親しんでこられた日本の皆さまですから、日本の仏教の今後のあり方については、皆さまがたご自身がお考え下さい。(p.112)

 本当に仏教の各分野の人々が交流して、日本仏教を深めていく必要があるのではないかと思う。私は日本の僧侶にはあまり期待せず、むしろ学者に期待しているのだが、それは、私が彼らから学ぶことが多いからである。

 仏教に入門したての人々なら、僧侶はきちんと教え導けるのかもしれない。しかし、それではその僧侶以上の真実は見いだせないのである。日本仏教では教えを深く研鑽するよりも祖師崇拝が中心となっているのではないかと思われる。崇拝したい人は崇拝すればいいと思うが、祖師以外の教えを学ぶことに対して道を閉ざすようなことはやめていただきたい。自派に囲い込むよりも、広く仏教の基本的精神を学んでいってもらうほうが、仏教における功労者の一人としての祖師たちへの尊敬も集められるというものだろう。あんな思想や生活を自分に押しつけられたらたまったものではないと思う場合も多いが、他人がそうやっていることに関しては敬意が持てたりするものである。


 
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