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2008年6月 9日

『マンダラ事典』を読んで


 マンダラ関係の本はたくさん出ているが、たいていは日本の曼荼羅を取り上げ、その尊像などに関して解説しているものがほとんどである。その点でこの本は異色である。

 まず、密教の全体をターゲットにしている。日本密教は密教全体のなかでは中期の行タントラと瑜伽タントラに属し、前期の所作タントラと後期の無上瑜伽タントラは含んでいない。その点で密教マンダラの歴史全体を概略的に把握するのには便利だろう。主要なマンダラや、マンダラの仏たちの解説もある。

 また、日本でマンダラというと絵画だという先入観があると思われるが、もともとインドやチベットでは、観想によるマンダラと砂で作るマンダラが基本だったということも説明されている。つまり、マンダラを密教儀礼との関連で捉えている。

 日本の曼荼羅のみならずチベットなどアジアのマンダラも取り上げている点も特徴的である。マンダラといっても我々のイメージするような形式の整ったマンダラのみならず、歴史的には前駆形態として仏のセットがあるし、また、後期の無上瑜伽タントラになれば異形の尊像が登場したり配置が変わったりするわけで、これらを概観するのは日本人一般のマンダラ観を相対化するのに有効ではないかと思う。

 この本は、網羅的だが詳しくはない。それは分量的に言って仕方がない。だから、マンダラについてまだほとんど知らない人が読んでもあまり役には立たない。胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅がどのような基本構造になっているかをある程度知っているくらいの人がちょうどよいのではないかと思う。同じようなマンダラ解説本を買うつもりなら、一冊はこちらにした方がいいのではないかと思う。日本に伝わる曼荼羅システムに深く入り込むのもいいのだが、ちょっと遠目に眺めてみると、自分の追求していることが相対化できて新たな発見があるだろう。


* * *


 この本で個人的におもしろかった箇所をいくつかピックアップしてみよう。

 まず、マンダラ全体の構造に関して(1-1 および 2-1)。仏教的世界像では、世界の中央には四角い柱のような須弥山がそびえていて、その山上の三十三天に帝釈天の居城である善見城があるが、マンダラはそれをモデルにしたと言われ、その宮殿を真上から見たものが、マンダラ中央の四角に対応する。この四角は「仏の家」なのであり、その外側の円は世界全体を表わし、蓮華を象っている。これは『華厳経』の蓮華蔵世界のイメージを密教が受け継いだものである。また、マンダラは仏たちがそこに宿る「よりしろ」でもある。マンダラに描かれた仏は、いわば来臨する目印であって、だからこそ目印として法具などで代理することもできる。

 次に、マンダラという言葉について(1-8)。マンダラは、マンダ(本質、真髄)+ラ(それを伴うもの)であるとされる。しかしマンダはもともとは単に「丸いもの」を指すだけであって、最初から「悟り」などの抽象的な概念があったのではない。むしろ、マンダラの形のなかに人々がさまざまな意味を読み取ろうとした結果、マンダラには深い思想が込められるようになった。(私としては、単なる円の容器にいろいろな仏教的意味を入れ込んだのだと考えている。)

 第三に、仏にはさまざまな意味が込められているという点(1-15)。たとえば五仏は日本の曼荼羅では五智を表わすが、秘密集会マンダラでは五蘊を、四明妃は四大(地水火風)を、八大菩薩は八識を、六金剛女は六境を表わす。マンダラの仏たちと行者の身体機能を対応させ、仏と一体になるための補助としている。なお、砂マンダラの作り方(4-4)で、線を引くために墨打ちをするときに使う五本の細い糸を縒り合わせたものは五智を象徴する。

 マンダラ配置の発展過程も興味深い(1-10)。仏のグループを体系づける原理に部族がある。初期の密教は仏部、蓮華部、金剛部の三部で構成され、これは釈迦の左右に観音と金剛手を配した三尊定式に由来すると言われている。それがやがて胎蔵マンダラでは釈迦が大日如来に入れ代わり、『真実摂経』では新たに摩尼部を加えた四部構成となり、その上首は虚空蔵菩薩である。さらに羯磨部が加わって、各部の上首は五仏に統一され、名称も仏部、金剛部、宝(ほう)部〔摩尼部を受け継ぐ〕、蓮華部、羯磨部となった。

 アジアのマンダラで興味深かったのはオリッサのマンダラ(5-3)である。そこからは胎蔵マンダラ大日如来が多数出土し、仏形と菩薩形の両者がある。おそらく過渡期に作られたものだろうとされる。またウダヤギリの仏塔では、その胎蔵大日如来を北に置き、残りの三方には金剛界の四仏のうちの三尊を、それぞれ対応する方向に配している。本来ならば不空成就如来が来るべき北に胎蔵大日如来を置いた意図はよくわからないという。これらの四仏は左右に二尊ずつ脇侍菩薩を伴い、全体で八大菩薩を構成することになる。

 ここでちょっと私見を挟んでおく。マンダラの発展段階として仏部、金剛部、宝部、蓮華部という四部構成の時期があったはずだから、南の宝部に押されて仏部の大日如来が北に配置されたのではあるまいか。そして、やはり大日如来を中心におきたいという意向から、北に不空成就如来を新たに作り出したのではなかろうか。

 
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受信: 2008年6月13日 11時41分

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