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2008年7月 1日

『般若心経の読み方・唱え方』(改題されて『声に出して読む般若心経』)を読んで

 このブログの「般若心経解説」シリーズが「色即是空 空即是色」の前で止まったまま更新できない。すでに草稿はできているのだが、なぜか公開まで進めない。そこでこのブログは読書感想文でお茶を濁している。(^^; そんなふうにしているあいだに、サンスクリット語で唱えて(歌って)いる般若心経の動画が YouTube に投稿されているのを見つけた。「音声できく般若心経(補足2件あり)」のページに、そのほか般若心経のさまざまな動画をまとめてあるので、ご覧いただきたい。

 ちょっとサンスクリット語での唱え方に興味をもって,音源を探していたところ、橋川 聡『般若心経の読み方・唱え方 (Asuka CD books) 』(明日香出版社)の付属CDに、サンスクリット語般若心経(長柄行光)があった。また、チベット語般若心経(ゲシェ・テンパ・ゲニツェン)も収録されている。この本は改題されて、


として出版されている。著者名が違うが中身は同じだった。定価も旧版の2300円から1800円となった。アマゾンのカスタマーレビューを見るとわかるように、CDを期待して買うとがっかりするだろうが、参考までにできるだけ安いロープライスのものを買うのはいいかもしれない。しかし、チベット語の読経以外でCDを求めているのなら、むしろこちらの本をお薦めしたい。とくにサンスクリットの般若心経は、インド人による読誦だからである。

 この本は、初心者向きのお薦め本である。それほど丁寧に仏教用語を説明しているわけではないが、非常に日常的・心理学的な視点から解説されていてわかりやすい。内容的にも外れてはいない。きちんと般若心経の入り口まで案内してくれる。 


 この本は、四聖諦(苦集滅道)を基本において般若心経を解説しようとしている。ここでその論旨をまとめていくと結局は仏教概説を長々としなければならなくなるので、やめておく(苦笑)。またまた自分が面白かったこところをピックアップするにとどめよう。

 まず、86ページあたりに、「我々は生まれたときからずっと[色](情報)の中で生きている」という説明がある。色は物質的現象の意味だが、一般の人々が“物質”に重きを置いて理解するのに対して、この著者は“現象”すなわち情報に重きを置いて解説する。我々の苦は、自分に関連する情報の入力と、その意味づけが集められたところに生ずる。そして、苦をもたらすような情報の集め方や集まり方が我々のなかには存在し、著者はそれを「条件づけられた存在、機械のような存在」と形容している。人間は、たとえば「バカ」と言われたら自動的にカッとするような存在なのである。

 苦を消滅させるためにはそのような自動的な心のメカニズムに“気づく”ことが重要になるが、著者はそのような意識化の訓練を、八正道のなかの「正念」に見ている。

 「念処経」という経典には次のように書かれています。
「比丘 (仏教の修行者のこと) は、往くときも帰るときも、意識してそれを行い、前を見るときも後ろを振り返るときも、意識してそれを行い、両腕を縮めるときも伸ばすときも、意識してそれを行い(中略)、食べるとき、飲むとき、噛むとき、味わうときも、意識してそれを行い、大小便をするときも、意識してそれを行い、歩くとき、立つとき、座るとき、眠るとき、目覚めるとき、話すとき、黙っているときも意識してそれを行うのである。」
 つまり、生きていることをすべて意識化する訓練をするわけです。これくらい極端にやって初めて、いかに自分が無意識に生きていたかがわかります。普段の我々の行為は、ほとんど外界の情報に対する自動的な反応ばかりであることが、こうすることによって明かになってきます。
 この訓練はまた、[今、ここ]で生きているということに気付く訓練でもあります。我々は [今、ここ] にないことにも条件付けられてしまう存在です。我々は、もう取り返しの付かない過去のことで恨んだり、未来のことを心配したりして [苦] に落ち込んでしまいます。そこから抜け出すには、徹底的に [今、ここ] に気付くことが必要なのです。(上掲書 p.123-124)

  [今、ここ] が出てくるあたりは非常に心理学臭く、また、仏教的には少し説明不足のように思える。ただ気づいているだけではダメで、仏教的な観点から気づいていなければならない。正念とは、「一切が空であることをいつも念頭に置いて行動しろ」という教えなのである。「一切は空である」という規準で自分のあらゆる行動を評価する。そうすると、煩悩が煩悩として見えてくる。


 だが、この本の良さは心理学的な観点から般若心経の教えを把握するところにある。著者は、「出世した自分」や「賞賛される自分」などに執着し、「あるがままの自分」を愛せていないところに問題があるという。「いろいろな競争に負けた自分」や「他人から拒否された自分」を許せないのだという。だから人々は一生懸命になって外に向かって幸福を求め続け、不幸の原因を他者のせいにする。そのように我々の心を引きつけたり悩ませたりするきっかけとしての外的要因と、それに自動的に反応してしまう内的要因。これらが集まって苦が生じていることを認識するのが仏道である。


 

 
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