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2008年9月26日

金岡秀友『般若心経』を読んで



金岡秀友『般若心経』講談社学術文庫


 般若心経はいろいろな宗派の立場から解説されているが、この本は真言宗の立場からの解説といってよいだろう。この本も中級者向きである。密教教理にもちょっと興味を持ちはじめた人が読むと楽しいかもしれない。


 私として興味深かったのは、浄厳の梵文写本の写真(ただし、tasmAj jAtavyamまで)が載っていることである。また、それを参照して日本最古の梵本テキストである法隆寺本の現形をローマ字転写して示そうとしている。その梵文和訳もあり、当然のことながら漢文テキスト(玄奘訳)、訓読も加えられている。本書の後ろ三分の二くらいは梵文原典、チベット訳テキスト、漢訳テキスト、註釈などが簡単に紹介されており、これも参考になった。簡単な解説ではあるが、般若心経はテキストも少しずつ違うし註釈もさまざまであるということを認識するのには十分だろう。


 さて、さまざまな立場の註釈のうち、この本は空海の思想に基づいて解説している。本書でも語句の一般的な解説が主であると言ってよいが、まず最初に密教的な見地から般若心経解釈の深浅が整理されている点が注目される。


 般若心経の「心」が何を意味しているのかについて、密教では「顕密四重の分別」として四種類に捉えられている。

 (1)浅略釈といわれる第一の解釈では、「心」はエッセンスを意味するものであり、般若心経は種々の般若経の心要を略述する経典である。これは賢首大師法蔵や慈恩大師(窺)基など多くの顕教の論師の考えである。

 (2)深秘釈といわれる第二の解釈では、般若心経は般若菩薩の大心真言を説くものである。『般若心経秘鍵』では「大般若波羅蜜多心経といっぱ、すなわちこれ、大般若菩薩の大心真言三摩地法門なり」といわる。少々私の解釈を含めれば、それは般若波羅蜜多の中で行ずる菩薩の心の中に展開する内的世界を描写したものである。

 (3)「秘中の深秘の釈」といわれる第三の解釈では、般若心経は大日如来の「般若心性」を説くものであるとする。ここでも大胆に解釈してしまえば、それは世界に満ちる空性としての真如であり、これが各菩薩の三昧の中に現われてくるのが般若波羅蜜多だと言える。
 密教的世界を理解しやすくなるので、少し引用しておこう。

普遍的な理法としての大日如来は、この宇宙全体の存在(体;たい)であり姿(相;そう)であり、働き(用;ゆう)である。この場合の大日如来は「普門万徳(ふもんばんとく)」の仏といわれる。これに対して、この普遍的なものが個々に働くときの姿をあらわしたものを、「一門別徳(いちもんべっとく)」の仏といっている。この普遍的なものと個別的なものの通い合いを、「三昧」 ( 三摩地;さんまじ = samAdhi 定・等持;とうじ)という。『心経』の「心」は、このような個人の心の、絶対へのめざめ、絶対的なるものとの通い合いをいう、とするものである。
 この「三昧」については、『大日経疏』で次のようにいっている。
『大涅槃経』には、一切衆生悉有仏性と明す、此の仏性を、即ち首楞厳定と名け、または金剛三昧と名け、または般若波羅蜜多と名く、仏仏同道にして更に異路無し。
と述べている。われわれの内にもつ仏への可能性(仏性;ぶっしょう)が、そのまま仏の完全な知恵(般若波羅蜜多)の本体であり、仏の堅固な禅定 (首楞厳定。首楞厳は sUramgama の音写。健相・健行などと訳し、将が敵を降す如く堅固勇猛な仏の定)であるというものである。(前掲書 38-39頁)
 ここで一門別徳の仏を般若菩薩(あるいは観自在菩薩)と見なせば、般若心経は真如としての大日如来の顕現を描写したものと位置づけることができるだろう。

 (4)「秘秘中の深秘の釈」といわれる第四の解釈では、般若心経はわれわれ衆生の五蘊皆空、色心実相を説くものであるとする。進んでこの境地に至れば、われわれがそのまま仏であり、仏がそのままわれわれであり、その間、何の判断もことばも必要ないということになるという。第四の解釈は第二(菩薩の心)と第三(仏の徳)を合わせただけのように見えるが、おそらくは第二段階ではまだ菩薩の心の中に仏徳が円満していないというこだろう。

 以上の四つの解釈には、仏の姿としてそれぞれ「変化身」「加持身」「本地身」「色心実相・常是毘盧遮那平等智身」が配当される。


 私としては、この四つの解釈はほぼ真言の四重構造とも重なっているのではないかと思っている。すなわち、それぞれが「大神咒」「大明咒」「無上咒」「無等等咒」や、「gate」「gate」「paragate」「parasamgate」に対応しているのではないかと想像している。

 この本は、空海『般若心経秘鍵』への導入となっているように思える。そこで、次回は『般若心経秘鍵』の解説本を紹介することにしよう。

 
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