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2009年10月22日

『マンダラの謎を解く』を読んで

 武澤秀一『マンダラの謎を解く -三次元からのアプローチ』を読んだ。初中級~中上級向きで、おすすめ度★★★★★である。
 


 
 著者は建築家であり、仏教の専門家にはない斬新な切り口でマンダラを捉えようとしている。マンダラに関する一般的なイメージを根本から覆す好著である。一般の仏教学では真言宗の両部曼荼羅(胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅)を基本に据えてマンダラを考察し、一般に、最初に絵の曼荼羅があって後に仏像を配置する立体曼荼羅が成立したと考えられてきた。ところが著者は、塔(ストゥーパ)がマンダラの原初形態で、そのあとに石窟寺院の中央の柱や仏の宮殿となり、やがて絵の曼荼羅になっていったのだという仮説を提出している。
 
 ストゥーパは仏陀の遺骨を祀る記念碑であり、また、宇宙全体が象徴されている。そして、礼拝対象を右に見ながらそこを右回りに回るのが作法である。サンチーの塔には東西南北の四カ所に門(トーラナ)があり、参拝者はそこから入ってプラダクシナー・パタ(右回りの道)という巡回路を歩むことになる。5世紀になると、この四門に対応して基壇を背に四体の四方仏が安置された。
 
 このように塔を回るという“動態的”な行為は、やがて石窟僧院での瞑想という“静態的”な行為に転換されていく。アジャンターの第19窟は、5世紀後半~6世紀前半とされるが、ここには中央の塔の正面にブッダ像が彫り出されている。著者は、この石窟寺院そのものがマンダラだと直観した。
 
 中国にも北魏時代になると石窟が出現する。最初は5世紀半ば巨大な五体の大仏が崖に彫られたが、これが雲崗石窟の始まりである。5世紀後半には、窟の中央に塔または柱状の塊として削り残されたタイプの窟が出現する。これは塔柱窟とうちゅうくつと呼ばれるが、この塔には、木造塔の形を再現したタイプと、木造宮殿を模したタイプとがある。宮殿タイプでは四方に仏が彫り出されている。
 
 もう一つ注目すべきは、窟の天井部分に蓮華のモチーフが出現することである。最初は複数あったが、天井中央に一つ彫り出され、龍門石窟では中央の塔がなくなっている。蓮華は宇宙の中心であり、華厳経の世界が出現したと言える。
 
 大日経が成立するのは7世紀である。著者によれば、このような建築様式も影響して密教経典および曼荼羅が出来上がってきたのではないかという。言葉だけでは著者の興奮をうまく伝えられないが、本書には写真が多く掲載されており、それを見ながら著者の旅をたどってみるととてもエキサイティングである。
 
 これらを踏まえて本書の後半では、密教の曼荼羅、および飛鳥寺・法隆寺・東大寺・高野山などの建築様式や伽藍配置などが論じられていく。寺院全体として見れば塔や金堂を取り囲む回廊がプラダクシナー・パタに相当するだろう。だが、日本において中心が不在になっていく歴史的展開が注目される。
 
 
 私としては非常に刺激的な論考であった。とくに、曼荼羅の動的な部分が見えてきたよう思える。曼荼羅はただ全体を静的に眺めているものではなく、むしろその中を巡るべきなのである。たとえば、発心→修行→菩提→涅槃という流れは、順に東→南→西→北の仏に当てはめられている。塔を巡るごとく、一つ一つの仏に礼拝するつもりでその働きを瞑想することによって、心にダイナミックな変化が起こるのではあるまいか。
 
 ま、素人考えでへんな瞑想をすると不都合が起こるかもしれないからあまりお奨めはできないが、曼荼羅の真価を見出すための一つの考え方として有意義ではないかと思う。まあ、真言宗の僧侶は、四度加行などでそれとは知らずに曼荼羅の中をダイナミックに巡り歩いているのだろうが。
 
 
 私はこの著者のアプローチをは非常に気に入ってしまって、次は武澤秀一『空海 塔のコスモロジー』を読もうと思っている。
 
 
 


 
 
 
 
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コメント

瞑想の中で回ることと、実際に空間の中で回ることが実はつながっていたのですね。すぐ抽象的に考えがちですが、大元は実に具体的な行為だったことに気づかされました。得るところの多い本と思いました。この観点は、同じ著者の『空海 塔のコスモロジー』でも貫かれていて新鮮でした。

投稿: ことだま | 2009年11月18日 17時25分

ことだまさん、コメントありがとうございます。

少なくとも一般人にとっては曼荼羅は眺めるものでしかないですから、このような歴史的関連づけは私にとって非常にエキサイティングでした。

日本にはこれだけたくさんの仏像があるのだから、密教寺院で諸仏諸尊を曼荼羅式に配列して、参拝者にその周りを巡らせればいいのにと思いました。各仏像の前に賽銭箱を置いておけば、きっと普段よりたくさんの御布施が集まるぞ。(笑)

そのうち『空海 塔のコスモロジー』のほうもブログ記事にしようと思っています。

投稿: 金剛居士 | 2009年11月20日 08時05分

金剛居士さん

お返事をいただき有難うございます。

>日本にはこれだけたくさんの仏像があるのだから、密教寺院で諸仏諸尊を曼荼羅式に配列して、参拝者にその周りを巡らせればいいのにと思いました。各仏像の前に賽銭箱を置いておけば、きっと普段よりたくさんの御布施が集まるぞ。

なるほど!!! グッドアイデアですね。そうすれば、おのずと本尊の周りを回ることになるし、本来の礼拝作法が根付きますね。同時に、お賽銭も集まって、お寺もうれしい。まさに一石二鳥ですね。

>そのうち『空海 塔のコスモロジー』のほうもブログ記事にしようと思っています。


ぜひ、そうしてください。期待しつつ楽しみにしています。それでは、また。

投稿: ことだま | 2009年11月20日 10時56分

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