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2013年1月26日

『唯識 さとりの智慧 -『仏地経』を読む-』を読んで

 唯識仏教における悟りは、転識得智といって、迷いの識(心)を転じて仏の智を得ることである。『仏地経』は、その仏の智(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)とそれらの拠り所たる清浄法界について書かれた経である。この経について書かれた本は(少なくとも最近では)他にないし、仏の四智について解説した本も他にないので、唯識仏教を学ぶ者は、一度は読んでおきたい本である。中級~上級者向き。おすすめ度★★★★★


 この本は三部構成になっている。第一章「唯識思想とは何か」は、導入的解説である。この経の歴史的位置づけをしている。第二章「『仏地経』を読む」は、経文(白文)・書き下し文・解説からなっている。第三章「唯識思想を深く学ぶ」は、著者が専門雑誌に投稿した三つの論文を編集したものが収められている。

 特に第三章はかなり難しい内容ので、以下、この本を読むに当たってあらかじめ頭に入れておいたほうがいいポイントを記しておこう。

 『仏地経』を訳した玄奘三蔵は、ほかにも唯識関連の経論を多く訳しているが、そのなかには複数の論師の説を取捨選択してひとつのまとまった論に編集する合糅ごうにゅうという手法をとったものがある。たとえば親光菩薩等造『仏地経論』や護法等菩薩造『成唯識論』である。そこには編集というかたちで玄奘の思想が入り込んでいる可能性があり、この本の著者はそのような観点から、唯識経典の中にある細かな批判的議論を理解しようとしている。

 具体的な思想内容に入っていくと、清浄法界が無為・無漏であり、四智が有為・無漏であるという点をまず押さえておくべきだろう。漏は煩悩のことであり、無漏は煩悩がないことを意味する。有為は作られたもの、無為は作られたのではないものを意味する。清浄法界はいわば最初から存在する悟りの世界だから無為であり、智はその清浄法界を拠り所として獲得される(心の中に作られる)ものだから有為である。

 これは、前五識(眼耳鼻舌身の五識)の転依した成所作智もまた無漏であることを意味するが、一方で、無著『大乗阿毘達磨集論』には十五界唯有漏(五識・五根・五境が唯だ有漏のみである)という説が出ており、この矛盾をどう説明していくかが唯識派のなかで議論になっていた。

 また、第三章の第一論文「唯識思想における仏身論と五法」では、自性身・受用身(自受用身・他受用身)・変化身の三身と、五法(清浄法界と四智)との対応関係に二説あることが論じられている。この二説に関して『仏地経論』と『成唯識論』では同様の評価(異説排斥)がなされているが、この書では『成唯識論』のものがとり上げられている。

 第一師の説では、清浄法界と大円鏡智には自性身を摂め、平等性智と妙観察智には受用身を摂め、成所作智には変化身を摂める。有為である智が自性(身)というのもちょっと変な話だが、これは「三身皆有実智」と言われているからである。これと同様の説は、戒賢『仏地経註釈』と安慧『大乗荘厳経論釈疏』に説かれている。

 『成唯識論』で正義とされる第二師の説では、清浄法界が自性身、大円鏡智所起の常遍の身が自受用身、平等性智は他受用身を顕現させ、成所作智は変化身を顕現させる。そして、妙観察智は、十地の菩薩に現われた他受用身において働く場合は他受用身に属し、地前の菩薩や二乗や凡夫の前に現われた変化身において働く場合は変化身に属する。

 第三章の第二論文は「唯識思想における四智の有漏・無漏をめぐる問題」であり、この問題は、十五界唯有漏師と関連しているという。無漏の五義「諸漏永尽・非漏随増・浄・円・明」についての解説なども紹介され、また、四智が如何にして有漏でないかについて『成唯識論』における三師の説がとり上げられ、『述記』を引用しつつ詳しい解説がなされている。

 第三章の第三論文は「『仏地経論』と『成唯識論』-玄奘三蔵における両書の翻訳の意図」である。一般には、第八識(阿頼耶識)⇒大円鏡智、第七識(末那識)⇒平等性智、第六識(意識)⇒妙観察智、前五識(眼耳鼻舌身の五識)⇒成所作智、という対応関係の八七六五説が知られているが、『大乗荘厳経論』『摂大乗論無性釈』のもともとの訳では前五識⇒妙観察智、第六識⇒成所作智、という八七五六説となっていたという。そして、玄奘が『仏地経論』と『成唯識論』の合糅という編集作業によって八七六五説を正義の座につけた、と著者は考えているようだ。

 この第三章はいろいろな論点が関わってきてややこしく、とても一度では理解できないし、三度くらい読んでだいたい言いたいことが分かるようなレベルの難しい論文だが、以上の要点をあらかじめ頭に入れておくことで、多少はすんなりと理解できるのではないかと思う。


 ここではとり上げなかったが、第二章の『仏地経』の解説は非常に平明であり、ここは中級者向きなので唯識仏教の悟りの最終段階に興味がある方にはぜひ一読をおすすめしたい。



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